子供の脳と発音③——12歳という境目
そのフィルターが、いつ完全に固まるのか。
ここで一度、言語全般の話をしたい。二つの言語を混ぜるタイミングについて、12歳という境目がある。ヨーロッパ語同士のように近い言語は5、6歳で混ぜても問題ない。しかし日本語と英語のように遠い言語は、12歳までは混ぜない方がよい——当時の研究はそう示していた。
自分の娘を日本人としてきちんと育てたかったし、中途半端なハーフにだけはしたくなかったので、インターナショナルスクールは考えなかった。長女は日本の私立に通わせた。
娘が幼稚園の頃、お友達を呼んで発音教室を開くことにした。英会話を教えても、日常で使う機会がない環境では定着しない。発音は運動能力でもある。身体に入れてしまえば残る——発音だけは早く始めた方が良いと判断した。小学校に入ってからは数学を教えるように英語も文法のみ教えることにした。
長女は12歳を越えてからアメリカへ渡り、それまで英語は話せなかったが、母国語は日本語のバイリンガルになった。次女は12歳を越える前、小学校3年でアメリカへ渡った。まず日本語補習校に入れ、日本語をキープしようとした。しかし色々な事情が重なり、現地校へ入れざるを得なくなった。中途半端な歳だとは思ったが、私も未経験な母親である。「大丈夫かな?」と思ったら大丈夫ではなかった。解決するのに何年もかかった。私の唯一の失敗だ。
次女は英語が母国語のバイリンガルになった。しかし日本語は今も多少怪しい。これは言語の話だが、12歳という境目は私自身の娘で実証されることになった。
では発音はどうか。実は発音においては、この境目はさらに早い。研究によれば、ネイティブのような発音を習得する能力の劣化は6歳頃から始まる可能性がある。言語よりも発音の方が、早く固まり始めるのだ。
なぜこうなるのか。脳の仕組みに立ち返って考えてみたい。
赤ちゃんは世界中の音を聞き分けられる「万能の耳」を持っている。それが段々と母語専用に最適化されていく。そして就学とともにそのフィルターが形成され、12歳頃までにほぼ固まる。
このフィルターがどれほど強力かは、動物の鳴き声を考えるとわかる。猫の鳴き声は世界中どこでも同じ音だ。
でも日本語話者には「にゃー」に聞こえ、英語話者には「meow」に聞こえる。発音記号で書くと全く違う音である。
同じ猫の同じ音を、脳が母語のフィルターを通して別の音に変換しているのだ。その後の英語教育は日本語の音韻マップの脳で蓄積していくことになる。
ここに、知識だけでは発音が直らない理由がある。
以前、大学で発音を専門に教えている講師が生徒として来たことがある。知識は申し分なかった。RPの理論も熟知している。しかし発音は——ネイティブとはほど遠かった。
なぜか。RPはイギリス人が欧米人に向けて構築した学術体系である。日本語話者に特有の問題には対応していない。その問題を補わずに教えると、RPの知識を日本語の発音の常識の上に上塗りしてしまうことになる。
知識の量の問題ではない。脳の中にある既存の情報が邪魔をしているのだ。
ただし、脳は生涯を通じてある程度の可塑性を保っている。正しいアプローチさえあれば、大人でも変わることができる。それを私は、音声学の専門知識と40年の臨床経験をもって研究し続けている。